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Jの新興勢力松本山雅はチラベルトがきっかけ?

Jリーグで近年注目を集めているチームがある。


長野県松本市やその近辺の地域をホームタウンとする松本山雅FCである。


サッカー後進地域として知られ、ほとんどプロサッカー選手を輩出したことすらなかった長野県より、Jリーグを目指すサッカークラブがうまれたのは、今から約50年ほど前のことである。当時は松本駅前の喫茶店に集まった常連で始めた草サッカーのチームであった。


そのアマチュアクラブに変化をもたらしたのは、2002年のワールドカップである。松本市は、南米の強豪ナショナルチーム、パラグアイのキャンプ地に選ばれた。


そこで世界的な名ゴールキーパーでパラグアイでは国民的英雄であるチラベルト選手が、現在の松本山雅FCのホームグラウンドであるアルウィンを見て、「このような素晴らしいスタジアムがあるのに、ここを拠点とするプロサッカークラブがないのはもったいない」と言ったことから


松本山雅は劇的な変革の道に足を踏み入れるのである。チームは強化に乗り出し、2012年にはJ2リーグに参入するのである。


チラベルト選手の発言からわずか10年での快挙に、松本市は沸き上り、松本山雅は松本市民の誇りとも言える存在になる。監督には北京オリンピックで日本代表を率いた日本一の知将とも呼ばれる昇格請負人、反町康治監督を迎え、地元出身の名選手で、横浜F・マリノスや名古屋グランパスエイトなど、日本を代表するビッグクラブでレギュラーを務め


日本代表にも選出された田中隼磨選手や、JFL時代から松本山雅を支え、空中戦の勝率はリーグ屈指のDF飯田真輝選手、湘南ベルマーレで活躍していたロングスローとセットプレイが得意の岩上祐三選手など、元々クラブを引っ張っていた選手と、レベルの高い新戦力を融合させ、2014年シーズンはJ2リーグ3年目にして、初のJ1リーグ昇格を決めた。Jリーグ参入3年目のチームが日本のトップリーグであるJ1リーグに昇格したのは、前代未聞であり、奇跡と呼んでも良い。


残念ながら、2015年シーズンでは、トップリーグの厳しさを知らされ、奮闘もむなしく16位でシーズンを終えて、降格の憂き目にあってしまったが、松本山雅FCの躍進は各メディアでも大きく取り上げられ、また、その熱いサポーターは、Jリーグで一番すごい応援とも賞賛された。2016年シーズンの戦いではプレーオフの末、J1リーグ再昇格はならなかったが、今後の躍進に期待できるサッカークラブである。

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タグ:サッカー
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